夜明け前、世界を滅ぼした 一話

 

 

 

 生まれる以前から怖れられていることがあった。

『次に生まれる貴き人はこれまでのどの君主よりも秩序を守りぬく。だけれど最後には世界を滅ぼすだろう』

 新たな高貴の血を引く命が生まれることに、喜びの声を上げた者も言葉を紡げなくなった。不穏であり絶対の預言をされた子の母は自身を抱きしめて、父は不安に揺れる女性の肩に手を置いた。

 知らなかったのは本人ばかりの預言だ。

 そして預言された貴人、貴海が十六歳になると預言した者から何物を介さずに告げられた。

 貴海も言われたことに納得した。この身に流れる、【ノーブル・ブラッド】は安寧と同時に滅亡への熾火を宿している。世界を生き延びさせるという観点からすれば、他の貴族になりうるものにこの世界【ファタール】を任せるべきなのだろう。

 わかっている。

 わかっていた。

 貴海は預言者から視線をずらす。目の前に広がるのは青い海だ。世界には数多くの、誰も手を付けていない未知の領域があることを示している。名前に海がつく貴海ですら海の先の世界を知らない。

 視界を既知の預言者に戻し、貴海は焦げ茶色の髪を潮風になびかせながら、言った。

「俺が貴族になることを選びます」

 言葉を言いきるあいだは紫の目を預言者から逸らさなかった。

 苦笑した預言者は今までつかんでいた手を放す。小さな、儚いというものの象徴の意思に任せた。

「たかうみ!」

 ようやく自由になった桜色の髪の少女は、すぐに貴海の胸に飛び込んだ。

 貴海は信頼しかない無邪気な笑顔に腕を伸ばす。

 少女、ファレンにむかって。

 預言者は「幸福を」とだけ呟いた。

 

 

 

 世界は一本の膨張する樹、という説がある。

 栄養を摂る根があり、一定の自由を保障しつつも世界を調整する役目を持った幹がある。そして、伸ばされた枝についた葉や花が個々の世界を成している。

 他に例がなくとも、【ファタール】は世界樹が咲かせた花の一つとして存在していた。

 ささやかな、蝶の翅のように四つに分かたれた膨らみの中に空も海も陸地も閉じ込められている。

 その中で人は穏やかに生活を営み、時に新しい命も生まれるが、最後には消えていく。

 

 貴海は他の世界の脅威から儚い命たちを守る【貴族】の責を抱いて、生まれ落ちた。

 

 

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