夜明け前、世界を滅ぼした 三話

 

 

 

 貴海はとりあえず、立ったままのファレンのために紅茶を淹れに人を呼んだ。

 給仕の者が運んできてから、自分の紅茶には何も入れず、ファレンのソーサーには角砂糖を二つ添えて差し出す。また二人きりになると、角砂糖は一つ使われた。

「貴族様手ずから渡してくれるとはな」

「君は貴族というものを誤解していないか? 貴族は威張り散らすためのものではなくて、民を脅威から守るシステムのことだ」

「へえ」

 感心している。

 確かに、貴族の衣食住などは領民から賄われるため、間違われやすい。いまはまだ脅威はなく、情勢が落ち着いているのもあるだろう。

 一度でも世界【ファタール】の領民に害が及ぼされることがあれば、貴海は自分の民を守るために剣を取らなくてはならない。その結果として自分の命が落ちるとも。

 幼い頃から言い聞かされていたことだ。覚悟している。

「それでなあ」

「ん?」

「父様が言っていただろう。俺が嫁になると」

 雰囲気に合っていたため、流されていたが、ファレンの口調は男性じみている。それも粗野ではなく、落ち着きがあるため乱暴な印象は受けない。

 だが、相手が泉をさざめかす、一枚の花弁のような少女であることも間違いなかった。

「その理由は多分、俺の体に奇跡の式が刻まれているから。らしくてな」

「奇跡式が?」

 眉を寄せて、いぶかしむ。

 奇跡がどういうものかは貴海も知っている。いくつか扱うこともできる。

 その奇跡を起こす式を知ることができるのは預言者のように特殊な力と定めを与えられたものだけだ。

 火の恐怖を理解できないものが炎の奇跡を扱うことなどできないように。ファタールでは厳重に取り締まられている。それほど重要なものが一人の少女の体に刻まれているというのは信じられず、事実ならば危険でしかない。

 貴海は少しのあいだ考えてから、言った。

「ファレン。君の話の真偽を確かめて、それが事実なら。俺は君を自由な身分にさせておくことは許されない」

「幽閉か?」

「どうしてちょっと楽しそうなんだ」

 目の色をきらめかせたファレンに貴海はげんなりとする。

 彼女と話していると調子を狂わされてばかりだ。普段はこれほどではないというのに、ファレンはどこか違っている。貴海の考えられる行動から逸脱してばかりだ。

「ははははは。すまない。まあ、俺の体の奇跡の式はあることをすると反応するらしい」

「言ってくれ」

「情交だ」

「………」

 喉の奥で紅茶がむせそうになった。ゆっくりと飲みこんでいくと、熱い液体が喉を通って腹に落ちる。上等な茶葉で淹れられた一杯を、後味で確かめさせられながら、痛みを訴えてくる頭を押さえた。

「誰がそんな悪趣味なことをしたんだ」

「父様ではないから、したとするなら母様側だろうな。俺の母様側は奇跡の管理をしているものたちだということを貴海様は知らなかったのか?」

「いや。知ってはいる。だが」

 ノクシスはいつ、ファレンの体に奇跡の式が刻み込まれたのを知ったのか。詳しく説明もしないで立ち去ったのか。

 ファレンが言う手段だとどう確かめればいいのやら。

 放置はできないが確認も許されない。

「……とりあえず、ノクシスさんには言っておくから。今日はこの屋敷に泊まってくれないか」

「わかった」

 そのままファレンは「おいしいなあ」と紅茶を味わっていた。

 貴海もカップに口を付けながら考える。

 ファレンはどこにでもいる、品が少しばかり良いだけの少女だというのに。魔術式を刻まれている不安などないのか、それとも何も考えていないのか。

 胸の奥から湧き上がる感情が呆れなのか哀れみなのか、それとも全く別のものか。

 

 答えを出したくない。

 

 

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