夜明け前、世界を滅ぼした 四話

 

 

 

 夜になる。

 貴海はファレンと一緒の寝台にいた。

 泊まる、ということになってファレン用の部屋を用意してもらった。だというのにファレンは貴海の部屋で舟をこぐまで粘り、そのまま力尽きた。

 目を閉じているだけなのか眠っているのかわからない、ファレンを見つめながら葛藤する。

 彼女の体には奇跡式があり、それは情交によって反応すると言っていた。

 だからといって断りなしに、ファレンの身体に触れることなど許されない。すでに寝台を共にしている時点で弁明の余地はないが、ためらってしまう。

「起きているのか」

 虚空に吸い込まれると思った質問は意外なことにはっきりと返ってきた。

「ああ」

「君は……俺に抱かれてもいいのか?」

 出来もしないくせに何を格好つけて。

 己を罵倒しながら、貴海は空々しい質問を投げた。

なんて答えられても追い詰められるのはファレンではなく、自分なのは分かっている。男の臆病などにたじろぐような人ではないから。

「お前がいいよ」

 予想していたとおりに、簡単に言ってくれる。

 望まれていることが分かっているのに遠ざけるようにしている自分にも、ファレンの楽観さにも腹が立った。

 ファレンはまだ何も知らないから、男の醜さを舐められる。動物をからかうように手を伸ばして、引っ込めてなどを繰り返せるのだろう。

 貴海はそうしてファレンを見下そうとするのだが、心のどこかが裏切ってくる。そうではない、と叫んでいる。

「君は今日、初めて顔を合わせた男に対して簡単に。体が欲しいなどと言えるのか」

「いいや。だって俺は、ずっとあなたに惹かれてきたから」

 ファレンが体を起こす。首をかしげると桜色の髪がさらりと流れた。

 闇の中であってさえ、ファレンから薫るのは水と花が混ざった清廉さだ。心地よいと感じてしまっていた。

 同時に、自分の汚らわしさも思い知らされる。

 初めて顔を会わせて一日も経っていないのは変わらない。それなのに。それなのに、俺は彼女に関心を抱いている。

 見透かすように金の瞳を細めて、ファレンは口ずさむ。

「いつからなどと無粋を聞くな。父様の後について、気づかれないように憧れてきた。それは少女の純情だ。あなたを慕う純粋だ」

「君が俺を知っていても、俺はまだ君を何も知らない。ノクシスさんの娘だということしか。それなのに」

 触れることを望まれている。

 そして、俺も触れてみたいと、期待している。

 自分の浅ましい欲情を憎悪していると、ふいに、ファレンが言う。

「あなたは、去勢させられたおとこなのだろう」

 貴海の目が見開かれた。どうして、と視線が一点に縫い付けられる。

 ファレンの瞳に同情や哀れみはなかった。前を向いて、貴海を映している。少女の瞳の中にいる自分の矮小さに目をそむけたくなるが、しない。

「欲情が怖くて、獣欲が憎くて。男も女も愛さないと決めた孤高の人。それをたぶらかす俺を責めて、好き勝手にしてくれないか」

「随分と勝手なことを」

「そうだ」

 視線は絡み合ったまま離れない。殺意に近い感情すらぶつけられてもファレンはひるまない。貴海の全てを受け止めるように、そっと頬を愛撫してきた。

「欲しいものを手にするためなら、自分すら使うろくでなしが俺だよ」

「……本当に、ろくでもない」

 囁きを口にしながら距離を詰める。

 貴海は自分がしていることを、驚きつつ、受け止めていた。

 まだ出会って間のない少女。いくら確かめるべきことがあるとはいえ、こんな軽率に触れていいものではない。

 だけど。

「……おいで、貴海」

 腕を伸ばして、風を受けながら大切なものを受け止めるようにしている少女を見て、どうしようもなくなった。

 それでも貴海はファレンを抱きしめることはできない。

 

 

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