夜明け前、世界を滅ぼした 五話

 

 

 ファレンの素肌を目で撫でる。部屋の闇に大人しく染まるほどましろく、きめが細かなだけで、奇跡式の存在など欠片も読み取れない。貴海の気を惹きたいがためについた冗談かと、一瞬だけ疑ったがその可能性は捨てた。

 ファレンは目的のために自分のことを利用できても、他のものが大切にしているものを軽く見ることはしない子だ。

「ようやく戻ってきたんだな」

 拗ねた子供そのままで、ファレンは頬を三角に立てた膝につけながら言う。

 貴海はファレンの誘いを断ってから、部屋を静かに飛び出して夜空に浮かぶ月を眺めていた。風を浴びて、心を落ち着かせないと同じ部屋にいるなど耐えがたかったためだ。忍び寄ってくる気持ち悪さはまだ残っている。

 貴海の部屋は外から入る月と星の光、遠くの明かりが入るだけでほぼ暗闇に染まっていた。けれど、ファレンの動きは見える。

「勇気を出した誘いに乗ってくれないなど。つれない男だ」

「悪かった」

「それが、あなたの繊細な優しさなのは分かっているがな」

 ファレンが何を欲しているのかはわかる。だが、それはいまのままだとできない。本当に自分の魂もファレンを求めているのだと確信を得てから、重ねたかった。

 ファレンはじぃっと貴海を見つめていたが、やがて布団の中で丸まった。貴海は同じ布団に入ったまま、その様子を眺める。さきほどまで襲われていた吐き気は徐々に遠ざかっていた。

「ファレンは。どうして、俺が精神的に去勢されていると知っていたんだ」

「なんとなく察していた。それで終わらせてくれ。あなたが愛情を慈しみ、欲望を嫌悪する男だと。だから、こうなるとは半分ほど予想外だ」

「なにゆえに半分だ」

「半分は抱きしめてもらえる自信があったからだよ。そうではないから、まあ。今後の課題にしておく」

 俺は腕を伸ばさなかったというのに。ファレンの挑戦するような笑みを見た瞬間、彼女へ恋をしているのだろうなと諦められた。

 出逢ったばかりとか。何を知っているとか知らないだとかは関係ないのだろう。

 昨日の午後に、初めて見たときから、ずっとファレンに脈を乱されている。

 夜闇の中に灯ったぬくもりが愛おしくてたまらない。

 他の男には、決して触れさせたくないと思うほどに。

 それを伝えるにはまだ時間が必要だから、貴海は布団を引っ張ってファレンに背を向けた。

「おやすみ」

「おやすみ」

 まだ外に静寂が残っているあいだに、眠りにつきたいと目を閉じた。

 ファレンの吐息の甘さを感じながら、ゆっくりと。

 

 

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