夜明け前、世界を滅ぼした 八話

 

 

 

 めまぐるしい一日が終わる夜だ。

 半分は予想していたことだがファレンは貴海の部屋の前にいた。

「ぬいぐるみはどうしたんだ」

「俺の身代わりを立派に務めてくれている」

「そうか」

 意固地になって帰らないファレンのための部屋は、以前のまま用意していた。その部屋のベッドに今夜はあのぬいぐるみがもぐっているらしい。 

 貴海は自室の扉を開ける。ファレンは入らない。扉の前で、貴海が招くか拒むかを待っていた。素直な少女だと思ってはいたが、午後の賊のやりとりをしてからはファレンの少女らしい焦りや短絡さがよく見えるようになった。

 いまもクリーム色の壁を背にして、自分から「入れてくれ」と頼めないでいる。それが不思議と、残虐にいとおしかった。

 貴海は部屋に入る。扉は閉ざさない。

「ファレン、おいで」

 響きが優しくなるように努めながら手を差し出すと、ファレンはたまらないように震える手を重ねてきた。なめらかで桜色の爪が小さく添えられた手だった。

 扉を閉める。

 二人きりになってファレンは貴海に言った。

「嘘を吐いた。昼のことは、俺のわがままだったんだ」

 貴海はファレンを抱きしめる。すでに就寝時のための柔らかな素材のワンピースの上から力を込めた。

 ファレンはまだ甘えてこない。

「俺の奇跡なんて、ただの噂を信じた者たちを排除したかった。あと、奇跡を口実に俺の身体に触れようとする相手を根絶やしにしたいのもある」

「うん」

「俺にはあなただけしかいないと知らしめたかったんだ。全てに、何よりもあなたに」

「わかったよ。ファレン。俺も君と同じだから」

 抱きしめている身体のこわばりが少しだけ解ける。顔を上げられて、真偽を問われたから答えた。金の瞳に嘘を吐くことは許されない。

「俺も君が好きだ。君に惹かれているから、他の誰が近づくことも許したくない。まあ、友愛は別だが」

「たかうみさ」

「貴海だ、二人きりのときは」

 ファレンの唇に人さし指を、一度だけ当ててから離した。

 いまだけは。世界が俺とファレンで閉ざされているときだけは、飾らずに呼ばれたい。伝えるとファレンはうつむいた。

 嫌なのかと、問えば「そうじゃない」と返ってくる。

「照れるだけだ。貴海」

「君が床の技を仕掛けた相手が俺だけで良かったと心の底から思ってる」

「なにゆえ」

 疑問を浮かべている隙ばかりのファレンの身体の背中を撫でる。普段とは違う刺激が流れたとあからさまに示されてから、囁きかけた。

「性欲を嫌悪する俺とて反応するのだから、都合よく解釈する輩は堂々と君を辱めて、責任は取らずに終わる。だからもうこんなことはしないでくれ」

「するものか。俺が欲しいのは貴海だけだ」

 ようやくファレンが腕を回してくれた。抱きしめる、から抱きしめあうに変わる。貴海はしばらく腕に力を込めつつ頬に髪の細い感触を味わっていたが、少しずつ力を抜くと、ファレンを寝台に誘う。色香のある誘いはせずに並んで座った。肩には手を置いて寄り添った。

「明日、ノクシスさんと話をしよう。これから何をすべきか知るために」

 ファレンは「ああ」と頷いた。

 

 

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