君の価値に届くように

 

 黄金の鎧を体から剥がして血にまみれて。必殺の一撃により敵を仕留めたカルナの肩を、ジークフリートはつかんだ。触れた手にはいまだ乾かない生々しい血の感触が伝わってきたが、欠片も気持ちの悪さを感じなかった。

 あるのはいたわりだけだ。ジークフリートはカルナに強く言う。

「オーダーチェンジを頼もう」

「まだ進める」

 素っ気なく言葉を返す前も後もカルナは振り向かない。森の終わりで待っている、角を持つ最後の敵のみを見据えている。その敵との相性は槍と槍で、カルナは不利でも有利でもなかった。ならば、後ろのジャンヌと交代するべきだ。次の敵の攻撃にカルナが耐えきれないのは数値化された体力などによりみながわかっている。だけれど、カルナはまだ戦えると判断する。

 ジークフリートはカルナに気づかれないようにマスターにこれからの確認をとると、うん、とうなずかれた。カルデアが開発した魔術礼装も身に着けているため、オーダーチェンジも可能だ。同時にエレナにも視線をやると、同じ考えを持っているのが伝わってきた。

「カルナ」

「撤退はしない」

「すまない」

 先に謝っておいた。おそらく、いまの言葉はもうカルナに届かなくなるだろう。

カルナの肩に置いている手の力を強めて、ジークフリートは思い切り頭を後ろにやる。そして、がつんとカルナの頭部に自分のわりかし硬いところをぶつけた。

振り向く余裕もないままにカルナは倒れていく。その体を受け止め。

「オーダーチェンジ!」

 マスターの命が届き、腕の中のカルナは消えて、ジークフリートの前にジャンヌが現れる。全てを察している聖女は困ったように微笑んでいた。

「あなたは……まさにやるときはやる方ですね」

「そこまではしていない」

「おしゃべりをするのは、後でね」

 エレナがスキルで宝具を使用できるように力を分けてくるさらにアーツ・バスター・クイック上昇のおまけつきだ。バルムンク一回分が使えるほどに力が溜まったのを感じ取り、ジークフリートは少し先にいる大型の敵に相対した。握っている幻想大剣の脈動を感じる。

 この敵は多数あるオーダーの、素材集めというものの過程でしかない相手だった。しかし、いまの俺にとっては確実に倒しきらねばならない相手に変わっていく。

 背には守るべき仲間たちがいる。カルナを、気高く傷ついた彼を黄金の塵にさせないためにも倒しきる。

 覚悟も決心も必要ないままに、ジークフリートは己を解放していった。マスターのオーダーはすでに届いている。

「邪悪なる竜は失墜し」

 碧い瞳を閉ざし、口から落ちる言葉一つひとつに力を込めていき。

「世界は今、落陽に至る」

 だが、俺の光を落とさせはしないために、ジークフリートは目を見開くと、剣を振りかぶった。

「撃ち落とす、バルムンク!」

 光が爆ぜる。撃音が森を越え、上に広がる空までも響いていく。カルデアのマスターも、ジャンヌも、エレナも宝具に加え、バスターを二連続使用することにより増されたバルムンクの威力にただ唖然とした。普段の穏やかさとは真逆である必滅の威力は、いままでのバルムンクとは比較にならないものだった。

 がん、とすでに自分たち以外はいなくなった場所に剣を突き刺し、仲間たちへと振り向くと、ジークフリートは苦笑した。

「……やりすぎてしまったか?」

 カルデアに帰還後、気絶したカルナを抱えているサブメンバーだったオジマンディアスにすら呆れられたジークフリートだった。

 

 そしていま、ジークフリートの膝を枕にしてカルナは眠っている。体の傷はカルデアに帰還して癒されたがいまだ鎧は身に着けていない。マスターは「今度は修練場だ!」と言い、ジークフリートとカルナをそっとしておいてくれた。

 そのことに感謝をしつつ、指を水で満たされた杯に浸してからカルナの口元に添える。むぐむぐと、眠りながらカルナは指から滴る水に喉を動かしていた。ジークフリートの背にぞくりとした薄暗い快楽が走る。

 愛らしい。

 それを何度も繰り返して、やがて指がふやけだしたころにジークフリートはカルナの顎を逆なでした。目を閉じたまま眉を寄せられる。次に、湿った唇を押さえ、頬に手を添えた。ぬぐいきれなかった一滴が顎をつたったためか、カルナが目を覚ます。

 青い瞳がゆっくりと開かれていき、喉は寝ぼけた声を出す。

「ん、じぃいく……ふり、いと?」

「こんばんは」

「こ、んばんは……待て。ここは」

 カルナはゆっくりと起き上がる。周囲を見渡してすぐに察したのか、それとも回復しきれていなかったのか頭を押さえる。

「俺の部屋だが」

 何か問題はあるのか、と言外に付け足すとカルナはため息をつくだけだ。口からまた滴がこぼれる。

 カルナの寝起きという珍しいものを見つつ、考えていた。事情の説明は必要だろう。

「カルナ。無茶な侵攻はすべきじゃない」

「……そうは言うが」

「マスターも交代させたがっていた」

 これらの言葉は何度も使える切り札だ。マスター、の単語は言葉を選ぶのが下手な俺でもカルナを黙らせられる力がある。

 そのあとが、問題になる場合もままにあって、今回ではカルナが己を効率の良い犠牲として計算するところだ。今回、残った相手の属性が弓ならば俺を真っ先に下がらせてまた、バスターを繰り返すか宝具を使って攻略していっただろう。さらに、属性が剣ならば、大人しく退いていたかもしれない。相性の悪い自分ではなく最後尾にいたエミヤに任せるのが良いと考えるだろう。

カルナは戦術を理解している。だが、どうして今回は退かなかったのか、関心はあった。

 ジークフリートに口を結ばれたまま見つめられているとカルナも見つめ返す。そのあいだに甘い情はない。真剣がぶつかりあっていた。

 やがて、カルナが言う。

「宝具を使い終えたオレならば一時的に失っても痛手ではない。残りの敵の属性を考えても、オレは九分の役目を果たし終えていた。ならばオーダーチェンジは温存することにし、削れる限り相手の体力を削るのがあの場でできたことだろう」

「カルデアでの召喚に限定するならば、もし消滅したとしても一時のことで済むのだと考えているのか」

「ああ」

「わかった。カルナ、目を閉じてくれ」

 大人しくカルナは目を閉じた。ジークフリートは再びカルナの肩に手を置いて、首筋をたどると顎を上向かせる。

 口づけた。カルナは予想していたのか拒まない。ただ、ぬらりと舌を差し入れると軽く噛まれた。

 ジークフリートは大人しく舌を自分の口内に戻す。目を開けさせて、カルナを見つめた。

「こういうことだ」

「どういうことだ」

 伝えたいことを言葉にするのは難しい。ジークフリートは悩みながらも、頭で言いたいこと整理しようとする。

つまりは、あの戦闘においては君が倒れても他の仲間が倒しきれただろう。マスターと仲間のことを考えたら犠牲は少なくて良い案だったかもしれない。

「だけれど、君が消えることをそれほどたやすく考えるのは、俺はいやなんだ」

「どうして、だ」

「先ほどのキスでわからないか?」

 カルナはわからないようだった。疑問符が三つほど頭上に浮かんでいる気がし、肩を落としつつ、ジークフリートは次の言葉を探す。

 あいしている、と言えたら簡単だが、また誤解される気しかしない。ひどい場合には「オレたちの意義を考えろ」と斬り捨てられる可能性もある。

 それでもジークフリートは決めた。

正義の味方になるという夢を叶える。自分を認めて生きたい。失えないものを守りきりたい。

 そして大切な人を守るためならば、腕を落としても、目を射抜かれても足掻くということ自体に尊さがあるのだ。そのことを、カルナに伝えたい。

 その行為がどれだけ、わがままであっても、ジークフリートはカルナを好きだから理解しあいたい。

 わかってほしい。

「……ジークフリート」

「ん?」

「まあ、改めて言うことでもないが。……ありがとう。オレは、お前に助けられた、ということだな」

 そうして微笑むカルナは一輪の花の可憐さと、風に吹かれたら静かに花弁を散らす潔さがあり、ジークフリートは苦笑するしかなかった。

 君を助けたい。

 

 叶うのならば、君が君の価値の重さに届くように。