少年は恋情に身をゆだねて

 

 

 はじめに、心から自分の勝利を願われた。

「大丈夫! ジークフリートならいけるよ!」

 次に、信頼してはいけなさそうな応援をされた。

「この吾輩のアドバイスです! たとえ相手が、あの方だとしても問題ないでしょう!」

 最後に冷ややかな目で見上げられながら、止めをさされた。

「まあ、俺としては悲恋になろうがどうなろうが関係ないがな。結果という報酬はいただくぞ」

「……わかってる」

 ジークフリートは口元を引き結んだまま、元気に腕を突き上げるアストルフォ、腹痛を心配してしまうほど声をあげて笑うシェイクスピア、ふん、とそっぽを向いて腕を組んでいるアンデルセンに頭を下げた。

「ありがとう。では、行ってくる」

 言葉少なにそれだけを残してジークフリートは歩きだす。この思いを告げたい相手はマイルームでマスターと話をしているはずだ。

 しゅんといまだに聞き慣れない音を立てて扉が開き、閉まる。助言をくれた三人の視線も感じなくなった気がした。

 

 

 ジークフリートが立ち去ってから、アストルフォとシェイクスピアは視線を送りあい、笑いだした。二人ともが敵陣営であったとはいえ、あの異端といえる聖杯大戦に参加したサーヴァントである。他のサーヴァントたちよりも多少は似た記憶を共有できている関係であった。そこにはジークフリートも含まれる。彼は黒のセイバーとして聖杯大戦に参加した。アストルフォにとっては誇るべき友人で、シェイクスピアにとっては意外な役回りを演じたサーヴァントだ。

 そして、いまのカルデアでは召喚された仲間同士といえる。

「いやーそれにしても、ジークフリートと恋話ができるなんてなあ! 僕は嬉しいよ!」

「そうですなあ。あの聖杯戦争のときには、吾輩は黒のセイバーと話をすることはかないませんでしたが。いやはや」

 このまま手と手を高く合わせて甲高い音を響かせそうなほど、二人の調子が急上昇しているのにアンデルセンはため息をつきたくなる。自分が多少のブレーキをかけなかったら、この二人はどこまで、あの英雄だがまっすぐすぎる青年に深くて厄介な恋のいろはを教え込んでいたのだろう。

 そう考えるとマスターにこの件を打ち明けて多少は報酬に上乗せをしたい気分のアンデルセンだった。それは無茶ではなく当然の要求だ。ジークフリートはこのカルデアにおいて主戦力にあたる。彼の状態を乱すのを食い止めたのだから、相応の休息と利益をいただきたい。

 ジークフリートの告白という一大事が落ちついたら俺もマスターのところに行くか。

 アンデルセンは決意を固めつつ、いまだに恋の話で盛り上がるアストルフォとシェイクスピアに怒鳴った。

「うるさいぞお前ら!」

 二体とも「アンデルセンこわーい!」「怖いですなあ」とのたまうだけで、少しも怯えなかった。悔しかった。

 

 

 ジークフリートは緊張しながらマイルームの前に立っていた。壁によりかかることなく、両手を握りしめて、意中の相手が出てくるのを待つ。会話は聞こえないため、ひたすら待つ。

 もう少しかかるか、と思ったところだ。

「ジークフリート」

 少し下に青い目がある。目じりはうっすらと赤くどのような虚飾も欺瞞も吹き飛ばす、カルナの気高い目だ。

 待ち人が突如、出現したことにジークフリートは驚く。その様子がカルナには不思議なことのようだった。

「マスターに用事か」

「いや。カルナ。……お前に、言いたいことがある」

「オレか。なんだ」

 ジークフリートの頭に選択肢がいくつも浮かび、どれを選択するか戸惑った。もとから寡黙な性質で、言葉よりも態度や行動で表すことが多い。かといって、ここで伝えたい言葉を行動で示したら問題が起きる気がする。カルナは施しの英雄と言われるほど許容範囲は広い。けれど突然触るわけにはいかない。

「……カルナ」

「なんだ」

「俺の、背中を守る気は、ないか?」

 あえて急所をさらす。これがロマンスを呼ぶこともあるとはアストルフォの言だ。ジークフリートはカルナの反応を待つ。遅々とした時間の中で、カルナはいつもどおりだった。

「あるぞ。最近の種火集めではお前が先頭で、オレが後ろにいることが多いだろう」

「……ありがたいことだが、違うんだ」

「お前の言いたいことがわかりやすいようで、わかりにくいな。嘘の気配はない。そうなると、伝えたいことがずれているのか」

 ふむ、とカルナは考えこむ。じっと見つめられているのは嬉しいが気恥ずかしい。ジークフリートはまた選択肢の迷路にはまりこみながら、はっきりと言うべきかと悩む。カルナはまだ察する構えだ。

 す、といらないはずの息を吸い、覚悟を決めたジークフリートはカルナに、率直に告げた。

「好きだ」

「そうか。オレがお前に好意をもたれているということか。ジークフリート、それは友情か、欲情か。どちらに該当する」

「……欲情、だろうな」

 ついに言ってしまった。

 ジークフリートが目をそらしそうになるとカルナの腕が伸びてがしりと顔を固定される。少し下にある、カルナの暗闇の中にあってでさえ陰らない美貌から目を外すことが許されなくなった。

「カルナ……?」

「似ているな」

 何とは聞けなかった。切なさを帯びた懐かしさが感じられるつぶやきをしているあいだは、カルナは別のものを映している。ジークフリートが目の前にいても、いやいるからこそかつてを見ている。

「だが、お前はジークフリートだ」

 カルナの瞳の中にはジークフリートがいて、ささやかれた声は優しかった。カルナの口元にもやわらかい微笑がある。目を離せない。そのあいだにも両頬を押さえていた手が遠のいていく。ジークフリートが名残惜しく目で追っていると、カルナはまた自分に意識を戻させた。名前を呼び、言葉を紡ぎ始める。

「かつてオレと戦い、喜びを与え、再びの戦いを願わせた黒のセイバー。ジークフリート。お前の求愛をオレは受け入れよう」

 淡々としたカルナの言葉の意味が少しずつジークフリートにしみこんでくる。最後まで理解できたときは、恥じらいが組み込まれた笑みを、ジークフリートは浮かべずにはいられなかった。春が訪れて勝手に綻ぶ花のように、心が動く。

 いま目の前にいる英雄を愛おしいと乞うようになったのはいつからか、ジークフリート自身もはっきりと言葉にできない。あの大戦のあいだなのか、それともこのカルデアに召喚されて、再会してからなのか。全ての積み重ねがジークフリートの胸に、滴って、カルナをいとおしむ波紋が広がった。だからこそ友と呼べるアストルフォに相談までしてしまい、シェイクスピアとアンデルセンも不思議と乗ってくれるという偶然まで起きた。

 告白はそれらを経ていまに至る。

 カルナはジークフリートを受けいれた。

軽やかに、カルナが一歩を踏み出すと、その隣にジークフリートは並んだ。向かい合うのではなく、背中を見るのでもなく、歩みを共にし始める。

 ここはカルデアだ。人類唯一の希望であるが、自分たちにとっては仮初の宿り木でしかない。必要が終わればこの体には消滅が訪れて、再びの出会いも奇跡を凌駕する必然がなくては起こりえないだろう。

 そうだとしても。ジークフリートはカルナに恋情を抱き、カルナはその恋情を受け止めた。

 かつてそうだった、少年のように心をときめかせながら、瑞々しい恋情に身をゆだねる。